「羊の木」ネタバレしながら感想

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はろ!

映画を見てから何度も思い返して、なんでだろう?こうだから?やっぱり・・・と

いろいろ思うことがいっぱいあって。

錦戸の言う「消化できない」部分があるし、

いろいろな意見があるということがとてもよくわかる作品なので、

アタシはアタシなりの解釈をしてみようと思ったよ。

 

月末がどんな人物かワンシーンで理解させるのはさすが!!

最初から異様な雰囲気に包まれていた。

市役所職員月末は元殺人犯とは知らされずにお迎えに・・・

次々とお迎えに行きますが、なんか変!と気づく月末。

さすがに刑務所から出てくる大野のお迎えで月末の疑惑が確信に変わる。

黒い不審な車に留められてなにやら怖い人たちが・・・

そのときの月末くんが月末すぎて。

月末一という人物をすべて体現しているかのようなワンシーン。

あんな人たちを前にして、ホントなら車から出たくないのが心情ですが責任があります。

中から出てきて、一緒に怖いお話を聞き、「オマエ誰だ?」と聞かれれば、

どっかの組の怖い人に名詞を出してご挨拶しようとするまじめな市役所職員w

このちょっとした行動だけでまじめで放ったらかしにできない、責任感のある、人のいい、心の強い人とすぐに分かる。

このワンシーンだけで人柄すべてを表現するって素晴らしい演出とお芝居です^^

 

 

友達になれるかも?

最後の宮腰くんを迎えにいったとき、月末には他の5人とは違ってみえた。

逆に話しかけてくれて、話が通じそうな人がいたことが月末的には嬉しそうでした。

そして、宮腰くんも月末はやさしくて普通に接してくれて嬉しかったようです。

少しずつ距離が縮まり、バンド練習に参加してギターを始めたり。

でもやっかいなことに、月末の後輩田代がワイドショー好きの主婦のように情報を嗅ぎつけては月末にバラす

だんだん、月末の中の疑惑が大きくなるのは当然だ。

しかも、自分が想いをよせる文と付き合うなんて。

そんな自分のことで頭がいっぱいな時に親父までエロテロリストに現を抜かしてるし・・・

月末的には「勘弁してくれよ」ですよ。

エロテロリストと病院でのシーン。

殺した理由を聞いてるときの月末の気持ち悪いものを見るような顔がたまらないw

でも、月末はいろんなことに巻き込まれながらも逃げ出さないんです。

強い男ですよ。

 

 

引き金は。。。

ひっかかっているのはなぜ宮腰くんが急に人を何人も殺してしまったのか?

きっとあの時は何も考えず誰でもよかったんだと思うんだよね。

引き金はというと、そうは思いたくはないんだけど、月末の友だちとしてやってはいけない行動。

つまり、文に宮腰くんの過去を話してしまったことなのかと・・・

 

この映画のテーマ、「信じるか疑うか」って月末に焦点があたっているけども、

実は宮腰くんがきっと一番信じていいのかと悩んでいたのではないか??

たぶん宮腰くんは今まで友だちがいなかったんだと思うんだよね。

初めてできた友達が月末で。

刑務所帰りでもやさしくしてくれて、ほんとにうれしかったんだと思う。

この人を友達として信じてもいいのかな?って。

一方、宮腰くんと文の関係を知ってしまった月末の行動。

わかる。。。

これは五分五分で二つの感情があって。

ひとつは文と宮腰に対する嫉妬

もうひとつは宮腰くんに対する疑いから、文を守りたいという気持ち。

宮腰くんを信じきれていない気持ちと嫉妬と両方なんだ。

だから、文を守りたいと思ってつい出てしまった言葉の後に、

「宮腰くんは悪くなんだけど・・・」という台詞。

月末はこのとき嫉妬と信じたい気持ちと疑惑と。。。いろんな感情でぐらぐらだ。

ソコが監督にとってめっちゃ色っぽくて魅力的らしい。←確かにw

 

そして、本当に悪かったと思って、宮腰くんに電話して謝った。

「友だちとして言ってるの?」という言葉は宮腰にとってはすごく大事な大切な言葉なんだけど、

それに対して、宮腰くんの事を信じたいけど信じきれていない、でもやさしい月末はとりあえずの返答になってしまう。

それが宮腰くんにはわかってしまったのか??

そのとき、宮腰くんの中で
「やっぱり信じなければよかった」

という裏切られた気持ちがちょうどソコに現れた人物に向けられてしまったのかと・・・

 

普通の人ならそこでショックでも衝動的な行動にはでないんだけど、

宮腰的には「信じてもらうこと」が自分にとって一番大事なことだったのかもしれない。

でも、人間なら人のことをすぐに信用できるかというとはっきり言ってできない。

月末の気持ちはとても普通の人間としての感情であり、納得できる。

ここでは誰が悪いとか誰のせいとかそんな次元の話ではなくて、

人間は自分では制御できない感情があって、

月末にも、宮腰にも。

月末は言ってはいけないことは分かっていたけどつい・・・

宮腰はやってはいけないとわかっていても抑えられない・・・

どちらもやってはいけないこととわかっていて、その罪の大きさの違いかと・・・

人間の無意識の部分の話になる。

これはやっても大きな罪にはならないと無意識の部分で分かっていて月末は言ってしまった。

でも宮腰の中では無意識の中で殺人は絶対にやってはいけないという認識がない。

罪になることに対して重きをおいていない。

これが普通の人と宮腰の感覚のズレ。

それよりも前述した「信じてもらえなかったこと」のほうが大事で。。。

 

何故首を絞めたのか?

パンフレットの脚本家香川さんのインタビューでそうか・・・と。

信じたかったのに。。。ってことか。

宮腰的にはギター教えてもらって、文と付き合って楽しい毎日を静かに送れることがうれしくて、

友達っていいなって思っていた矢先だったんだよね。

あそこでどんな気持ちで月末の首をしめたのか?

そして、最終的になんで殺さなかったのか・・・

初めての友だちだったからなんだろうか?

 

一方、月末は振り回されながらも信じたいという気持ちがあるから最後に崖の上まで行ったのだと思う。

疑いの方がが強ければ、普通ならあそこまで行ったら殺されるって思い、行けないはず。

でも最終的に崖の上まで行くんです。

友だちだと思いたいから。

信じたいと思っていたから。

これから友だちになれると思っていたから。

と、少なくともアタシはそう思いたい。。。

 

希望が見えた。。。

最後は画面の明るいシーンが多く、穏やかなイメージでしたが

月末の最後の顔は何を思っていたのか。。。

どこか安堵したような気がしたのはアタシだけだろうか。。。

友達というものはそんなに短い間ではなかなか仲良くなれるものではない。

しかも相手は元殺人犯。

月末の言動に現れている、誰もが持っている、人間のズルい、弱い部分を表現したからこそ、より人間くさい映画になった。

香川さんは最後は号泣ということですが、

きっと宮腰目線で観ていたんだろなと。

アタシは正直、涙はでませんでした。

ただただびっくりで。

言葉もない・・・

あそこで涙が出るのはきっとご自身がこの作品に長い間向き合ってきたからなんだろね。

最初はみんな月末目線だったけど、最終的に月末目線で観る人と宮腰目線で観る人と分かれる気がする。

アタシは当然月末目線だけどねw

この映画をアタシなりに解釈してみたけど、ホントに観る人がそれぞれ違う感情になると思う。

そして、次、また観たら違う感情が湧き出てくるかもしれない。

また時間を作って観にいこうと思う。

 

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